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◎油彩画家 鵜川五郎さんに学ぶ



  私の大野中学校時代の図工の先生は、鵜川五郎・さん。私と同じ市渡地区に住んでいます。先生は油彩画家として長い間活躍してきました。大野町に対しても、大切な作品をたくさん寄贈し続けています。作品は、役場庁舎・せせらぎ温泉・中央公民館・農業振興センターなど町の施設でご覧になれます。

  2004・1・31〜3・24までの間、北海道立函館美術館で 「失われゆくものへの鎮魂歌」 というタイトルで鵜川五郎展が開催され、たくさんのファンが来場し楽しみました。

函館美術館にはボランティア 「いちいの会」 があります。その会報に先生のインタビューが登載されました。紹介しますので、みなさんも何かをつかんでいただければと思います。



  「鵜川五郎先生を訪ねる」 平成16年6月15日発行 「いちい」 筆者 日笠朝子 さん

  鵜川五郎展を見て、近くにお住まいならお話を伺いたい申し出に、学芸課の協力を得て先生宅に伺うことが出来ました。今の世について熱っぽく語る先生が印象的でした。

問い  今、現在描きたいものは何ですか

答え  自分に対して気の休まるもの。人に見せるためではなく、自分の人生に目鼻を付け人生に納得のいく絵を描きたい。「野の花は見られるために咲いているのではなく 命の限りを尽くして咲いている」 そんな心境です。

問い  現代に何を言いたいですか

答え  世の中にはありません。また戦争を始めているし、救いがたい。うんざりだ。20年前に戦争の悲惨さを絵で訴えたが、結局伝わらなかったようだ。徒労と絶望感の中にいる。戦争を始めたがる人はどの時代にもいるので絶えず戦っていかなければならない。昔は、始めマスコミは戦争反対と書いていたが、だんだん賛成の論調になっていった。今も前の戦争とおんなじさ。僕はめぐり合わせで9人兄弟が5人になりました。みんな22〜23歳だった。自分は戦争の生き残りとして戦争の悲しみを描いてきた。絵の中のキツネは自分です。

問い  戦争中はどのような思いでしたか

答え  憎悪と憎しみ

問い  先生の絵に犬のほかにふくろうがいるのはなぜですか

答え  そんなにいたかな?。七飯中の学生時代、捕まえて飼ったが、造形的に面白かった。なつかなくて、昼間動かず、夜動く。絵の中のふくろうも自分。

問い  大野に住み着いたわけは

答え  わけはない。北海道に渡って初めは海のそばに住んだが、波の音が戦争中になぐられた音に聞こえていやになって、大野にきた。ここは洪水などの災害が無くて良いところだ。生まれたところはよく北上川が洪水を起こしていた。

問い  新幹線についてどう思いますか

答え  通らないでほしい

問い  後期、北方ルネサンス絵画のスタイルを現代に復興させたのはなぜですか

答え  ピーター・ブリューゲルやボッシュが好きでした。北方ルネサンス絵画の民衆の生活やことわざを描くところに惹かれました。

問い  日本の好きな画家はだれですか

答え  藤田嗣治、小出楢重

問い  好みの女性像は

答え  好みでないのは、わやわやいます。僕はあんまり人間を好まないです。生まれ変わるなら、津軽海峡のイカがいい。


  吉田幸二・恩師の印象

・ピカソのような絵を描く先生というイメージが強く残っている

・授業は、色の三要素・構図・影の描写などの基本に厳しい教えだった

・障害者の生徒に、絵を通しての成長を試みていた姿が脳裏にあります。

・中央公民館の緞帳は先生が原画を書いた。私の幼少時代の、田んぼとなみなみとした大野
 川の流れを思い出させてくれる作品です。

・環境や戦争に対し、問題意識を早くから持って取り組んできた姿勢に感服の一語です



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