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◎ 自治フォーラム掲載エッセイ 「教えられて実践・学んで実現」



  自治大学校協力発行の月刊「自治フォーラム」の、自治大OBが語る地方自治・に私の駄文が掲載されましたので紹介します。


  「教えられて実践・学んで実現」  北海道大野町長  吉田 幸二

  「我逢人」

  禅の言葉の「我逢人(がほうじん)」。人と逢うことから全てが始まるという意味だといいます。自治大学校は、私にとってこの言葉がピツタリ当てはまりました。

  洗心寮は二人部屋。同室となった宝塚市職員から、関西人気質を学ぶことができ、これが私の人生をガラリと変えてくれました。

  ひとつは物事に取り組む姿勢。関西人の彼は「何ごとも結果を恐れずやってみよう。」という「前へ前へ」の積極的な姿勢。このことは「住民に何をしてやるのか。」という心構えに表れます。

北海道気質の私は「住民から要望があれば親切に対応してやる。」という、ゆっくリズムの姿勢。しかし、彼は「住民にとって得なことは、どんどん前進させる。」そんなパワフルな姿勢でした。

  彼から学んだこのことが、大野町の新しい歴史を選ばせた私の決断の一因となりました。私の住む大野町(人口・11,136人)は、隣接する上磯町(人口・37,725人)と平成18年2月1日に対等合併し「北斗市」として新たな歴史がスタートします。

  平成の大合併は、スタートから「西高東低」。この現象は同室の彼から学んだ「住民の得になることは積極的に」という考え方と重なります。

  合併特例法による国の支援は地方交付税の激減に苦しむ市町村に「考える時間」、「改善する時間」を10年間与えてくれます。当町は平成12年度国勢調査で北海道トップの人口伸び率を示し、比較的恵まれた自治環境に置かれています。しかし、国の財政不安と地方への税配分の激減を見通したとき、将来は安閑としていられないことは、ビンビン響いてきます。

  私は自立を柱として町政を担ってきましたが、地方に対する国の急激な変化に直面した今、自らの判断で町民の暮らしを良くする誘導をしなければならないと考え、合併を決断いたしました。

  彼から教えられた「住民の得になることは積極的に」。この論法が、私に平成の大合併に共鳴の道を選択させました。

  「そっ啄の機」

  もうひとつの我逢人。「そっ啄の機(そったくのき)」。師弟の絶妙なタイミング、という意味だといいます。

  自治大学校の学舎で「環境問題」を担当された横浜国立大学教授(当時)・宮脇昭さんは、私にとってそっ啄の機そのものの出逢いでした。「裸の大地を覆って生きている緑は、単に生態系の生産者の役割を果たしているだけではない。また、山の森林は人間生活にとって木材生産の場としてあるのではなく、まして緑は、都市の装飾品としてあるわけではない」。時代がどのように変わろうと「永遠に古くて新しい」森づくりの講話は、私に喝を入れてくれました。

  私には森づくりについて少々の縁があります。父は薪炭業を経営し、小中学校時代は日曜日になると造材現場に連れて行ってくれました。当時作業員は簡易な飯場で寝食をともにしての作業をしており、その光景は今でも脳裏にハッキリ焼き付いています。また、最初の就職先が国有林を管理する函館営林局。転進した大野町の配置先が林務係。こんなご縁のお陰で森づくりには人一倍関心を持つようになりました。

  平成11年4月に行われた町長選挙に立候補したときの大きな公約のひとつが「100年の森づくり」でした。標高400〜650mの高原にある大野牧場は、国の事業で開発され1200haの広さがあります。うち草地は700ha。計画では肉牛等が1200頭放牧されるように造成されました。

  しかし、貿易自由化政策により家畜は減り、現在は250頭前後で推移しているのが実態です。この頭数であれば、草地は200ha前後で十分です。不用となる草地を、牧場造成前のブナ林にしようというのが「100年の森づくり」です。

  森づくりは税金をたくさん投入して造るのではなく、毎年ひとり一人の協力者の力を借りて立派な森を造るという、孫、ひ孫さんへのプレゼント事業でもあります。ブナの苗木も、同じ環境で誕生した地域から秋取りし、その子孫を増やす方法をとっています。

  ビックリしたのは、共感する人の多いことです。平成11年に始めた第一回植樹祭の参加者は120人、年々増えて平成15年には約1000人。応援団も増えています。横浜市にある「高齢社会をよくする虹の仲間」は、20人を超す人数で植樹にきてくれます。全日空さんは今後10年間、東京からツアーで植樹旅行。JR北海道函館支社さんや北海道電力さんは、社員が家族連れで参加しての社会貢献など・・・・ありがたいことです。

  函館のハンバーガーチェーン店ラッキーピエロはMYMY運動「みんなでブナの木を植えよう」を始めました。店に自分のお箸を持ち込み、割り箸不用の場合は、大野町の森づくりの苗木代に5円寄付します。そして植えに行きましょうというというものです。

  町としても、生活環境保全条例をつくり、森を守る決まりをつくりました。また、この運動に共鳴する人の浄財をつのる森づくり基金条例もつくりました。

  宮脇昭教授の講話との出逢いが、「100年の森づくり」の推進、ひいては地球温暖化防止に役立つ知恵を与えてくれました。

  「むすび」

  地方の行政は、住民に公平・平等な行政、言い換えれば「横一線行政」を心がけてきた感じがします。国から右肩上がりで地方交付税の配分を順調に受けてきた経緯からすれば、「ぬるま湯」につかっていたのかも。

  ところが時代は様変わりしました。国の財源の乏しさからくる地方交付税の激減、そして地方による収入の範囲での自己判断、自己決定という強烈な風をまともに受け止めなければならなくなりました。

  こうなると、自治体間の「住民負担」と「住民サービス」に大きな差が出てきます。町を預かるものとしては、この競争に打ち勝つ努力を惜しんでは負けてしまうという危機感でいっぱいです。特に若年層の人が、暮らしやすい町に移動することが心配されます。

  前進、努力、前進、そしてまた努力。自治大学校同室の彼から教えられた実践あるのみです。

  大野町には北海道新幹線の玄関駅「新函館駅(仮称)」が設置されることが決まり、夢が実現されます。一方で、北海道水田発祥の地として、米づくりの歴史があります。新幹線が乗り入れてきても、農業の多面的機能と都市機能が調和される都市となることを望んでいます。


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