昔から、気に入られた大工さんは、「二代目の家も三代目の家も建てた」という話を、大先輩からよく聞く。その家に「信頼」されると、孫・ひ孫の代々まで信用が継続するということでしょう。
この頃は、こういう耳障りの良い話が少なくなった。大工さんの家系の後継者がいなくなったのも一因なのかも知れない。それとも、建てた後の「信頼」のサービスを怠っているからなのだろうか。
上甲さんが、「怒りの声」をあげている。何事にも通じることなので、「信頼」「信用」について一緒に考えてみましょう。
「どこで差がつくのか」 志ネットワーク代表 上甲 晃 さん (デイリーメッセージより)
「家を建てる時には、最初、7割の完成に止めておく。残りの3割は、住みながら仕上げる」。私は、家を建てるに当たり、そんな風な考え方をした。
だから、資金も、竣工の時点で使い果たさず、少しばかり後々の仕上げのために残しておくのである。昨年、2度目の増築、そして庭と家の周りを仕上げることにした。年末には何とか仕上がり、気分も新たに新しい年を迎えることができた。
ただ、工事を依頼した会社に対する不満が残った。サービスが悪いと言うのではない。「サービスが並」であることが、気にくわないのだ。とりわけ、工事が終わった後のサービスが悪い。
まず年末に、建設会社の銀行口座に工事代金を振り込んだ。振り込んだ事実は、こちらの手元に残っている。しかし、建設会社から、何一つ連絡がない。私は、「確かにお振込みいただきました。ありがとうございます」との連絡がないことが、気に食わないのだ。
少ない金額なら、まだ我慢する。私からすると、かなりの金額の支払いである。それを思うと、確かに振り込まれたことを連絡し、感謝の一言を添えるのは、当然のことではないだろうかと思ってしまう。
植木についても、不満だ。せっかく植えたけれども、何本かの椿の木が枯れてしまっている。私が建設会社の営業マンなら、「植木はちゃんと根付いていますか」と時々様子を見に行くだろう。それは、植木が枯れていないかが、心配になるからだ。
植える物を植えて、お金をもらったら、もう関係ないと考えるのは、いかにも並みの仕事の仕方ではないか。自分の仕事の結果が、その後どのようになっているか気になって仕方がない。少なくとも、それぐらいの気持ちがもてないようでは、客は心からの満足など感じるはずがない。
売り込む時に熱心なのは、どこの建設会社も同じだ。だから、どこの会社のサービスが本当に良いのか、見分けがつかない。サービスの差は、仕事の終わった後の姿勢に表れる。
ほとんどの建設会社は、売り込みに一番力を入れ、建てるまでは熱心。工事が始まれば、「金は出しても、口出すな」。お金をもらえば、「我、関せず」。工事が終わってから出かけていって、余分な注文を付けられたら損だと考えているのだろう。客から見ると、正反対。売り込む時の親切よりも、建てた後の親切が身にしみる。
お客の立場に立つといういうことは、自らの利益にとっては、逆のことが多い。だから、自己利益を優先した仕事をしていると、客の利益がどんどんと損なわれる。客の利益を損なう会社は、客から見放されるようだ。
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