山を歩くと、思いがけないところに思わぬ樹種の幼木を見かけることがあります。近くに親木も見当たらないということは、小動物が種子を運んできたのでしょう。種子は太陽の光を受けなければ育たない、このように小動物のお陰で命を長らえている木は数知れない。
藤岡大拙(だいせつ)の「青山を育てる」には、日本書記の木にまつわる神話が載っている。「スサノオが高天原(たかまがはら)で乱暴を働いたので、困った神々は彼を追放してしまった。スサノオは子神のイタケルを連れて新羅の地に下りた。しかし、私はこの地にはいたくないと言って、土で舟を造り、それに乗って出雲の国に至り、オロチを退治した。イタケルは天から下ってくる時たくさんの種子を携えていた。それを日本全国に播き、国土を青山にした」。
もうひとつは、「スサノオがヒゲを抜いて放つと、杉の木になった。胸の木は桧(ひのき)、尻の毛は槙(まき)、眉の毛は樟(くすのき)になった。杉と樟は舟つくりに、桧は宮つくりに、槙は寝棺つくりによい材料だ。と言って、子神のイタケル・オオヤツヒメ・ツマツヒメの三神に種子を播いて歩かせた」。
自然を愛すること、自然を育てること、自然と人間の共生の大切なこと、すなわち「青い山々に囲まれた平和な土地」、これを古代の神々は教えてくれている。と藤岡さんは記している。
人間なら、自分の生活に適した場所を選定して生きている。種子は、着地した場所が不適地であっても自ら移動することができない。種子が発芽しないで死ぬか、土地が適地になるまで待つか、この戦いをする。
種子は、環境が改善されるまでの長い時間耐えるために、「硬い皮」で覆われている。樹種によっては、相当な期間生きながらえることができるという。1年以内に死ぬ短命なものは、アカマツ・カラマツ・タラノキモミなど。10年以上生きられるものは、ミズキ・キハダ・センダン・イイギリ・など。20年以上の長生きは、ホオノキ・ネムノキ・ニセアカシア・など。ヌルデは50年以上。外国では、キイチゴの仲間が65年以上。千葉県では、古代ハスの種が3200年前というものが発掘され、その種子が発芽した。
樹は、さまざまな手段を使って種子を遠くへ運び子孫の生育範囲拡大を努力しているという。風を利用するのが「風散布」。動物の毛を利用する「動物付着散布」。動物のエサとしてたべられ、フンに混じって散布される「動物体内散布」。一番多いのが、自分の樹の下に落とす「重力散布」。自力で弾けて遠くへ飛ばす「自力散布」。樹もそれぞれ努力している。
種子の発芽の状況からして、一朝一夕に森をつくることはできないということがわかります。森は「子孫代々でつくられる宝」です。
(福嶋司・著 「森の不思議・森の仕組み」 藤岡大拙・随筆 「青山を育てる」 参照)
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