最近のニュースは、学校での「いじめ」や生徒の「自殺」という問題・事件が多いですね。戦後は「貧乏だけど幸せ」を合言葉として、「追いつけ・追い越せ」精神旺盛に大先輩はがんばってきた。お陰で「幸せ」になった。
けれども、社会の動きの歯車が、少し狂いだしているように思う。「幸せ病」なのでしょうか。志ネットワーク代表の上甲晃さんが「゛お金がすべて゛の価値観を見直す時」という提言をしている。3回シリーズで紹介しますので、いっしょに考えてみましょう。
゛お金がすべでの価値観を見直す時
志ネツトワーク代表 上甲 晃 さん
「貧しさを生き抜いてきた日本人」
「これからの時代、お金がすべて。お金を持った者が、勝つ」。そんな台詞が、朝の連続テレビ小説゛純情きらり゛から聞こえてきた。日頃余り見ないテレビではあるが、その台詞が気になって、画面に目を向けた。
主人公の女性に、若い男がプロポーズするシーンである。時は、終戦直後である。机の上には、チョコレートや諸々、当時の庶民には手の届かないような物がうずたかく積み上げられていた。なぜかそのシーンがまぶたに焼きついて、離れない。
第二次世界大戦に負けた当時の日本は、極端に貧しかった。最近の10年間、私が毎年出かけているバングラデシュが、世界で一番貧しい国と言われている。なぜか私は、バングラデシュに行くたびに、懐かしい思いをしたものである。
私だけではない。私と同世代、あるいはそれ以上に齢を重ねてきた人達は、バングラデシュの貧しい生活に、終戦直後の日本をかぶせて見ていたのである。豊かな時代に育った若い人達が、思わず尻ごみするような貧しさ。それが、年配者には懐かしい。両者の間にある落差に、戦後の変化ぶりを思い知らされる。
敗戦によって何もかもを失った時、日本人は、程度の差こそあれ、「これからの時代はお金がすべてである」と思ったことは事実である。私は、゛純情きらり゛の一場面で、「これからの時代はお金がすべて」と核心を持っていい放った男の顔に、戦後に生きたすべての日本人の顔を見る思いがしたのである。
戦後を生きてきた私も、決して例外ではない。貧しさから抜け出るためには、何よりもお金が必要であると、心の底から考えた。今の日本人にはとても想像できないくらい、本当にひもじかった。子供達や若い人ばかりか、日本人はみんな、いつもお腹をすかせていたのである。夢はただ一つ、「腹いっぱいうまいものを食べたい」。それを可能にしてくれるのは、「お金」以外になかった。
「経済的成功を唯一の価値観にひたすら働いた」
松下幸之助は、「四百四病より辛いのは貧乏」と言った。いかなる病気より辛いのは、貧しいことだという意味だ。日本が戦争に負けてから、既に60年が経過した。その60年間、日本人は、貧困から抜け出たい一心で、お金を求め続けてきた。それを悪いことだと決め付けることはできない。むしろ、それ以外に生きようのなかった時代だった。
おかげで、日本は敗戦の痛手から゛奇跡゛のようによみがえることが出来た。それどころか、世界第二位の経済大国と言われるほどの成功を勝ち取ることが出来た。60年前、すなわち私が子供だった頃の、セピア色の写真を見るたびに、とても同じ国とは思えないほど、貧困にあえいでいた当時を思い知らされる。日本人は、「これからの時代はお金がすべてである」と確信して、その目標に向かってがむしゃらに働き、ついには、望みを達成することができたのである。
今や、世界でも一番贅沢な暮らしを楽しめる国に成ったのである。私が子供のころ、アメリカ人の生活を知って、どれほどうらやましい思いをしたことか。それから60年、贅沢な暮らしが出来ることについては、日本人もアメリカ人に決して負けていないだろう。私達が何気なく謳歌している日常生活は、世界でももっとも贅沢な暮らしになったのだ。
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