「刺激も必要」
田舎都会に住んでいると、山があり、川があり、緑があり、というように、自然環境に恵まれます。豊かな自然があれば、イコール快適な生活と考え勝ちですが、そうもいかない場合があるという。都会より刺激が少ないため痴呆症にもなりやすい、と指摘する医者もいます。
田舎で「のんびり自由」に暮せば、万事うまくいくとは限らないということであれば、万が一に備えた自衛策を、自ら考えておくことが必要です。
「目にした社会貢献活動」
きじひき高原・鉄山の湿地帯は、ブナの緑、コブシの白花、ヤマザクラのピンクの花が、春の光景を輝かせてくれます。そしてこの湿地帯には、サワギキョウなどの山野草も彩りを添えます。ここには、ミズバショウも群生しています。しかし、水まわりが悪く、ミズバショウも不満足な生息を余儀なくされていました。
この水回りを整備すれば湿地帯は生き返る、ということに情熱を燃やす高齢者がいます。若い時から培った自然環境整備知識を生かしてのボランティア活動、時を経て成果を出し始めています。自分の体調にあわせて山にでかけ、コツコツと重ねた結晶です。
交通指導ボランティア活動をしている高齢者がいます。高齢になるまでは、ボランティア・グループに所属し活動をしてきたプロです。グループに所属すると、団体活動があり自由行動はできない場合が多い。この方は、70歳をボランティアの定年と決め、団体から抜けたのです。
そして新たに、ボランティアの中のボランティアを始めました。自分の体力や都合に合わせた活動です。朝の登校指導、春・秋の交通安全週間などの立哨など、全てを自分の時間に合わせての行動を考えたのです。これなら協力しやすいですね。
数年前から続けられている感心する行動もあります。毎朝、ゴミ入れの袋と火バサミを持参しての散歩です。体力増強と清掃という社会貢献、これをセットにした行動です。来る日も来る日も続ける努力の積み重ねは、大きな社会貢献となります。
「自己尊重型・社会貢献」
社会貢献という文字から頭に浮かぶことは、人権擁護や行政相談、さらには民生委員活動のような肩書きです。これらの社会貢献は、ある程度の知識の必要や自分の行動を犠牲にした活動を求められ、協力側にすれば不自由な社会貢献です。
しかし、実例であげたような、自分の知識や経験を生かしたり、体力増強を兼ねたボランティアだったら、協力し易いのではないでしようか。
社会貢献の範囲を、自分の自由を尊重した行動型にしての「自己尊重型・社会貢献」、実行して元気の源にしてはどうでしょう。
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