62 ◎ 卵かけご飯 ・・・・ 復活 「2005・12・26」
醤油を入れてかき混ぜた卵を、ホッカホカご飯にかけて食べる。この「卵かけご飯」、小さい頃はよく食べたなあ。おかず不要の美味しさだった。この「卵かけご飯」専用の醤油が、ヒット商品になっているという。島根県・旧吉田村の第3セクター「吉田ふるさと村」の造る「おたまはん」。無添加の丸大豆使用が、健康志向時代に受けているという。「昔のごちそう」、私たちも復活させましょうよ。
61 ◎ 誰にも相談せず決めた ・・・・ 引退 「2005・12・26」
北海道新幹線実現で山々のご恩をいただいた小里貞利・前衆議院議員を先日訪ねた。先生は、今回の衆議院郵政解散で引退した。「去就進退は自らが決めることだよ。8月8日解散が決まった夜中に決断した。正確に言えば午前零時20分だから8月9日だった。だれにも相談せずに決めたので、9日・鹿児島行きの一番機に乗り地元に戻りお世話になった人に説明した。集まった人は、涙を流しながら聞いてくれたよ」。北海道で言えば開拓の山奥深くで育った先生、この生い立ちがにじみ出た話でした。先生は、回顧録を書いているという。誠実実直な政治活動を記した本を、読む楽しみができました。
60 ◎ 闇市 ・・・・ 焦土の戦後の命の支え 「2005・12・25」
上野の「闇市(やみいち)」から身を起こした長田昭さんの話が読売新聞に載った。60年前の戦後・何もない時代に、闇市に来れば「米・麦・野菜・せっけん・たばこ・・・・・・何でも買えた」。みんな、甘いものに飢えていた。甘味料のサッカリンや芋を原料にしたアメが売れ、上野の闇市には300軒の飴屋がひしめいた。1947年頃には「アメ横」と呼ばれるようになっていた。闇市第1号は、新宿にできた「尾津マーケット」だという。私は戦後生まれなので闇市のことは良くわかりませんが、命の支えとして必要だったんですね。年取りのごちそうを前にして、「闇市」のあった食糧難時代を振り返ってみましょうか。
59 ◎ 元気がない ・・・・ 繁華街 「2005・12・25」
クリスマスの頃になると、ひと昔前の函館市内繁華街は、ジングルベルの音楽が賑やかに流れていたなあ。キャバレーやバーから出てくる客の頭には、銀色の三角帽が。クリスマスパーティー券を買わされたこともある。今は、静かな繁華街ですね。
58 ◎ 自己防衛 ・・・・ 高齢者の知恵 「2005・12・24」
独居の女性高齢者を訪問した。玄関に、10数年前に亡くなったご主人の表札がかかっている。女性一人だと不用心なので、自己防衛策。この気持ち分かるなあ。ご主人愛用の革靴を、ピッカピカに磨き、玄関に置いている高齢者もいるという。自分の身は自分で守るという知恵ですね。
57 ◎ 勇気 ・・・・ 男性の子育て 「2005・12・24」
男性の育児休暇。制度はあるが、現実的に休むことの許可は無理なのかなあ、と思っていた。ところが、知人が実現させたんです。男性が1年間、育児のために休むことを理解した使用者に拍手です。でもチョッピリ心配だなあ。男性による育児。
56 ◎ 忙しさの連続 ・・・・ 毎年・大型リフレッシュ休暇 「2005・12・23」
道新に、知事が体調不良で公務を休んだことが。2004年3月に胃がん手術から復帰後、休むのは始めてだという。知事の動静を見ていると、休みなしの公務が続き疲れがたまったのでしょう。知事職は忙しさはハンパでなさそう。私の提案は、体力・知力を回復させる1ケ月ほどのリフレッシュ休暇を与える制度にしてやりたいなあ。
55 ◎ 面白み・な〜し ・・・・ 興味本位の福袋 「2005・12・23」
デパートが販売する福袋、昔から発売日は長い行列でしたね。手ごろな価格で小さな夢を求められ、ワクワクして買ったものですよね。でもこの頃は異変?。高級福袋が増えているらしい。三越日本橋店が売り出したのは、なんと・なんと1億5百万円。購入者が主人公の映画つくってくれるというもの。オマケとして、試写会・記念パーティー付だという。中身がわからないところに「夢」があるのに、これじゃあなあ。
54 ◎ エサが少ないのに ・・・・ 肥る??? 「2005・12・22」
雪が降ると小鳥たちもエサ探しが大変そうです。我が家にはスズメが沢山集まる。集まるというより、エサを置いて集めているというのが適当なのかも。スズメはエサが少ないのに、羽根を増やしコロコロ肥りです。寒い冬を乗りきるための知恵なんでしょう。
53 ◎ 年賀状 ・・・・ 出せないつらさ 「2005・12・22」
読売新聞に「年賀欠礼、たまらない年の瀬」という投書記事が。何人かの友人から年賀欠礼のハガキが届き、「ああ、この方もつらく悲しい一年だったんだ」と思う。街はクリスマスのイルミネーションが輝き、にぎわいを増しているが、母を亡くした私はどこか違え世界の出来事のように感じる。今まで当たり前のようにしていたことができなくなって、初めてそのありがたさに気づいた。
52 ◎ お互いに情報交換が大切 ・・・・ 安全通行確保 「2005・12・21」
路面の雪が固まったり、融けたときの寒気による凍結などストップしずらい時節になりましたね。町では、こういう危険ヶ所に融雪剤を散布しています。交差点を重点に散布キョリは約3.5キロ。高齢者事業団が作業に当たっています。交通事故防止、安全運行に意を配っていますが、お気づきのことがありましたら、役場・都市建設課・土木グループへ「迷わず電話」してください。
51 ◎ 合併効果 ・・・・ すごい額だなあ 「2005・12・21」
平成11年3月31日から平成18年3月31日までの間、市町村数は1411減った。これに伴い、市町村の三役が3575人減るという。給料総額にして290億円の減少。議員の数は17591人減り、報酬金額にして910億円の減少。合併効果で国も安泰???。
50 ◎ 苦情トップ ・・・・ 公道に出す行動 「2005・12・20」
随分雪が降りましたね。大野町の除雪する道路延長は120キロ、歩道が36キロ。午前4時に作業開始、午前7時までに、通勤・通学を可能にする体制です。この頃の苦情第1位は、道路に雪を出すことです。次が、除雪の障害となる道路駐車です。協力してほしいなあ。
49 ◎ 若者 ・・・・ 酒飲み減った 「2005・12・20」
新聞に「若者の酒飲みが減った?」という記事が。言われてみると、若い人の会合ではウーロン茶が多いなあ。車で来るせいもあるのだろう。それにしても、大酒飲みも見かけない。都会では「一気飲み」が学生の間で流行ったのはつい最近だが、これも見かけなくなったという。お金が不十分なのでしょうか。
48 ◎ 何かがたりない ・・・・ でもわからない 「2005・12・19」
読売新聞・「こどもの詩」から。埼玉県の小学校6年生・西野寛規(ひろき)君の「青空」。「青い空は気持ちがいい 青い空はきれいだ でも何かがたりない それは何か わからない じーと青い空を見ていたら すいこまれそうになった」。純粋な、そして誠実な心の鼓動が伝わってきます。大人も悩みのある時は、青空を睨んで解決しましょうよ。
47 ◎ 新顔ぞくぞく ・・・・ ジャガイモ 「2005・12・19」
ジャガイモの品種が増えているんですってね。赤みがかった皮のもの、中身が黄色のもの、煮崩れしないもの、などなど多種多様の時代到来です。作付けナンバーワンの男爵いも、作付け面積が42%から30%を切るまでに低下したという。ジャガイモ大好き人間の私にとっては歓迎なんですが、ジャガイモの本質を失う心配もあるなあ。とにかく安全・安心を第一に研究者にはガンバッテほしいねえ。
46 ◎ 提案そして可決 ・・・・ 否決なしに感謝 「2005・12・18」
12月16日は思い出の日となりました。合併のため、大野町議会の議場審議がこの日で最後。私も町長に就任してから約7年になります。この場で、まちづくりの提案をして町政を進めてきたので、感慨無量のものがあります。とにかく、歴史に書き込まれる合併を理解してくれた議会と町民に感謝いたします。
45 ◎ 酒とのつきあい ・・・・ じょうずにしてほしいなあ 「2005・12・18」
20代の若者は、「酒の飲み方を知らないのでは」。サントリーに30年勤め、酒に詳しい作家の野村正樹さんは心配する。バーなどで、アルコール度数の高いカクテルやウイスキーを浴びるように飲む若者を見かけるという。仕事や勉強で忙しい現代だから、酒で気分転換したいこともあるのだろう。だが一人で飲んでいると、自分の適量が分からなくなる」とも心配する。ちなみに、東京消防庁が昨年アルコール中毒で搬送した20代の若者は、6,606人だという。驚いちゃいますね。
44 ◎ 3232が ・・・・ 1821に 「2005・12・17」
我が大野町は、来年2月1日に北斗市です。市町村合併、随分されますね。平成11年3月31日現在の市町村数は、3232。それが、合併特例法の恩恵を受ける平成18年3月31日には、1411市町村が減って1821市町村にまで減るという。合併件数は582件。
43 ◎ 増えてま〜〜す ・・・・ 福祉マイカー 「2005・12・17」
車椅子のまま乗ることができたり、乗り降りしやすいように助手席が回転したりする「福祉マイカー」が増えているという。介護者をかかえている家族が個人で購入する時代到来。この手のことは、行政が用意したものを利用する、というのが定番でした。物事の考え方、高齢者増加とともに変化するんですね。
42 ◎ 悪いやつは許さん ・・・・ 親族相盗(そうとう)・認めず 「2005・12・16」
福島県での話。亡き母から相続した少年の貯金1400万円が、同居の祖母と伯父夫婦が横領して起訴されたという。刑法では、両親や祖父母などの直系血族らが窃盗を犯しても、刑を免除する「親族相盗」を定め、こういうケースも刑が免除だという。ところが福島地検は、少年は信任関係を裏切られた被害者だと判断し、逮捕したもの。なんとなく大岡裁きのようで、スカッとしませんか。
41 ◎ 高いか安いか ・・・・ おせち料理 「2005・12・16」
日本は物に不自由なし、食事も毎日がごちそうという感じですね。昔は、年取りの日でなければ口にできないごちそうがあった。今は、正月だからといっても、特別食べたいと思うものはないねえ。新聞に食べたい気分にさせる広告が。老舗料亭がつくる20万円を超える「和三段」、この高級品が前年の1割増しの予約注文だという。どんな味がするのだろう、もったいなくて眺めるだけで満足・・・・・庶民のいらぬ心配でした。
40 ◎ 苦労 ・・・・ 別れ別れの入院 「2005・12・15」
新聞に、認知症の父とガンの母が別々の病院に入院し、看護に苦労の話しが。身近でも、こういう話をよく耳にしますよね。家族が働いている家庭は、特に大変そう。何か良い知恵・良い解決方法がないものかなあ。
39 ◎ 窮屈はいけない ・・・・ 知恵がでない 「2005・12・15」
窮屈な場所にすわっていると、血のめぐりも悪くなって脚もしびれる。身体が固くなって自由な行動がとれないのである。無作法は困るけど、窮屈はなおいけない。やっぱり伸び伸びした自由自在な姿が欲しいものである。どんな場合でも、窮屈はいけない。身体を窮屈にするのもいけないが、心が窮屈になるのはなおいけない。心の動きが鈍くなって、よい知恵が出てこないのである。松下幸之助の言葉です。今、ナショナルの電気ストーブの欠陥商品が社会問題となっている。創業者の松下幸之助さんは、たくさんの人生訓をさまざまな人に教示している。創業者の教訓を読み返し、対応に頑張ってほしいなあ。
38 ◎ 宝物 ・・・・ ハンコ 「2005・12・14」
あと2ケ月チョットで合併、大野町は閉町となります。約7年間の町長職中、大活躍してくれたものがある。書類を決済するハンコです。私のハンコは、山梨県のハンコ屋から通信販売で買った。値段は当時1000円。20年以上もたつが元気印です。安物ですが、印鑑証明の印でもあり愛着があります。命ある限りこのハンコを大事にしなければ、と思っています。
37 ◎ 日本の製品は丈夫 ・・・・ 節約 「2005・12・14」
我が家を建ててから22年が経つ。新築した当時の思い出に、照明器具取り付けがある。私の提案は、古い家の照明器具を使用することであった。しかし、請け負った社長さんから、「大工さんが一生懸命造作した家が泣く」、と反対された。そこで、人目につく玄関・居間以外に古い照明器具を。その器具、今も現役バリバリ。寝室なんて、建ててから私たち夫婦以外入室者なし。こんなことからすれば、見えない所に金をかけることはないと思うなあ。
36 ◎ 反抗妻 ・・・・ 漂白亭主 「2005・12・13」
雪が積もると室内で過ごすことが多くなりますね。こういう時は、じっくりと構え「川柳」を作ることも楽しいですよ。第一生命ではサラリーマン川柳を募集中です。昨年のベストテンの中から紹介すると、「オレオレに 亭主と知りつつ 電話を切る」 「有害だ まぜるな危険 嫁姑」 「所得税 所得増えずに なぜ増える」 「ケンカして わかった妻の 記憶力」。あなたも一句いかがですか。
35 ◎ 神社 ・・・・ 鎮守の森 「2005・12・13」
月日の経つのは早いですね。あと少しで初詣を迎える。願かけに行く神社に、大木がありませんか。古来、山や森の自然を鎮めることから、神社境内に植えたのでしょう。日本人は森が大好きです。初詣参りの神社で、「もりの文化」を考えてみましょうか。
34 ◎ ふっくりんこ ・・・・ PRまだまだ必要 「2005・12・12」
今年は米が大豊作。味もバッチグー。道南農業試験場が開発した品種 「ふっくりんこ」 も本格的作付けができるようになり供給は大丈夫。地産地消をお願いしながらのPRは、「ふっくりんこ・ご飯茶碗」や「ふっくりんこのお箸」などのグッズをプレゼントして随分されている。しかし、「ふっくりんこ」って、「それなあに」とも言われる。まだまだPR不足なんでしょうね。渡島支庁が、職員の道産米消費アンケートをしたら、消費は6割だったという。他県での地元消費率と比べるとまだまだ。高橋知事のコメチェンに賛同してほしいねえ。
33 ◎ 時代の変化 ・・・・ 年賀状廃止 「2005・12・12」
北海道新聞に、札幌市長が年賀状廃止の記事が。今まで行政官庁などに出していた1400通を止めるというもの。経費(38万円)節減というよりも、年賀状の意味が薄れてきたというのが廃止理由。時代の変化を感じます。大野町も今年から廃止をきめましたので、ご理解をお願いいたします。
32 ◎ 合併する大野の歴史9 ・・・・ 植林 「2005・12・11」
1855年に高田鉄三が、文月神社の杉から種子を採り、苗床で育てる方法に成功。この後61年間で60万本(うち杉は46万本)を植林した。明治以来、「文月苗」は優良ということで全国へ移出することになった。(自治制施行・百年記念誌から)。今でも文月では、名残りの種苗畑があるなあ。
31 ◎ 生きるため ・・・・ 自己弁護 「2005・12・11」
{人はしょせん、自己弁護の中で生きている。このことは、非難されるべきことでも、責められることでもない。誰もが、心の中にうぬぼれと同時に、他人によく見られたいという願いを持っていると思う。これは万人共通だ。わざと自分を悪く見せかけたりする人も中にはいるが、そういう人間に限って、根は人一倍恰好よがりの性質を持っていることが多い。私は、この自己弁護があって初めて向上心や進歩があるのだと思っている}。これは本田宗一郎の言葉です。世の中を渡ることの難しさを感じます。
30 ◎ 合併 ・・・・ いろんなことが起こる 「2005・12・10」
2日、八雲町と熊石町が合併して出来た「新八雲町」の開町式に出席。日本海に面した熊石と太平洋に面した八雲をイメージして、郡を「二海郡(ふたみぐん)」に改めたという。いい群名ですね。合併と言えば、三重県に10月・南勢町と南島町が合併して「南伊勢町」が誕生しました。そして助役を2人置く条例を決めたという。その助役に、旧南勢町の町長を合併まで務めた方と旧南勢町で7年前まで町長を務めた方が就任したという。北海道では考えにくい体質の人事だなあ。
29 ◎ 二口三口かんで食べるのが一番 ・・・・ そば 「2005・12・10」
池波正太郎の「男の作法」から。「そばを口の中に入れてクチャクチャかんでるのはよくねぇな、東京のそばでね。かむのはいいけれど、クチャクチャかまないでさ、二口三口でかんで、それでのどに入れちゃわなきゃ。クチャクチャかんでたら、事実うまくねぇんだよ」。落語の話では、「のどごしの味」がいいといって、すする食べ方をしますよね。食べ方は人それぞれ、これが一番ですね。
28 ◎ 期待 ・・・・ 大野農高に「手打ち蕎麦部」 「2005・12・9」
たかが蕎麦と言うなかれ。一心不乱で打つ蕎麦は、至福をもたらす。蕎麦の味は、舌に残すのではなく心に残すものを打たねばならないとも。太い蕎麦は、酒の肴にピッタシ。太いそばを油で揚げると、子供のおやつに喜ばれる、などなど、蕎麦は夢が広がる食べ物なんですよ。私の提案は、大野農業高校に「手打ちそばサークル」ができてほしいこと。蕎麦屋就職に役立つかも。結婚したら愛妻と手打ち蕎麦で日暮など、良い効果間違いなしと思うのだが?。
27 ◎ 月給をもらうことは ・・・・ プロということ 「2005・12・9」
プロとは、その道をわが職業としている専門家のことである。職業専門家とは、つまりその道において、一人前にメシが食えるということである。いいかえれば、いかなる職業であれ、その道において他人様からお金をいただくということは、すでにプロになったということである。芸能やスポーツにおいては、プロとアマとの区別はきびしい。真にプロに値するものでなければ、お客はたやすくお金は払ってくれない。これは松下幸之助さんの話ですが、公務員にも当てはまる教訓ですね。
26 ◎ 基本の力が大切 ・・・・ 子供に本を読ませよう 「2005・12・8」
作家・逢坂剛さんの話。作家志望の人に、「どうすれば作家になれますか?」とよく聞かれる。その時、決まって「子供の頃本を読んでいましたか」と尋ね、本を読んでいなければ、「申し訳ないが、作家は難しいでしょう」と答える。本を読むことで、文章を作り上げる力がつくのです。それが作家になるための基本の力になる。基本の力は大切なのです。
25 ◎ 火の不始末 ・・・・ 消防団詰め所全焼 「2005・12・8」
4日・香川県での話。坂出市府中町にある消防団の詰め所から出火、鉄骨2階建て約60平方メートルを全焼したという。警察の調べによると、前夜・年末警戒活動の打ち合わせで団員が使用、石油ストーブを使用したりタバコを吸うなどしており、この不始末が原因の可能性があるとしている。大野町でも厳冬の中、歳末警戒で消防団が奮闘してくれる時節です。団員各位・お互い気をつけながら、町民の生命財産を守るために頑張っていただきたい。
24 ◎ 高齢者職業指定席? ・・・・ タクシー運転士 「2005・12・7」
東京でタクシーに乗ると、高齢者の運転士が多いことを感じます。運転士の話では、給料が安くて妻との共働きでなければ暮らしていけないという。また、年金受給者の職業になるのでは、と心配も。規制緩和によりタクシーの台数は増えた。しかし、運転士の所得低下は深刻な問題だなあ。
23 ◎ 合併する大野の歴史8 ・・・・ 種痘と大野牛 「2005・12・7」
いつ頃から牛が飼育されたかは明らかではない。中川五郎冶を通じて「大野の牛」に関する記録が残っている。日本の種痘術の元祖と言われている。1825年と1835年に天然痘が流行した時、ロシア滞在中に習得した種痘術を実施し、多くの生命を救いました。この時、天然痘患者の痘しょうを植えつけるために使用したのが「大野の牛」でした。(自治制施行・百年記念誌から)。
22 ◎ 長い行列 ・・・・ 異変 「2005・12・6」
東京の昼時、食べ物屋さんに長い行列、よく目にします。しかし、この頃は異変が。銀行の自動支払機に長い行列ができています。特に昼時は行列も長い。中には何冊も通帳を持っている人や、使い方がよくわからない人が列に並ぶと、くたびれるほどの長時間待ち。こういう光景を目にすると、田舎のATMはスムーズに利用できることのありがたさを感じる。
21 ◎ 合併する大野の歴史7 ・・・・ なしの栽培 「2005・12・6」
1971年に書かれた「松前志」で、文月なしの美味しいことが。1977年の「蝦夷紀行」では市渡村、1806年の「東蝦夷紀行」では大野村について、それぞれなしの栽培について書かれている。なしは品川文右衛門が文月に植えたのが最初と言われている。(自治制施行・百年記念誌から)。そう言えば、我が家の近所でも小さい頃は、「やりなし」「長十郎」のなしを、栽培している農家が数軒あったなあ。
20 ◎ 一力流 ・・・・ 格言集 「2005・12・5」
時代小説の人気作家・山本一力さんは高知県生まれ。借金返済のために作家を志し成功した。著者の日常を描いたエッセイ集「おらんくの池」。「知恵がなければ汗を出せ」「こどもには言葉よりも愛」「人材は家庭にあり」など・・・・・身近で考えさせられるエッセイが満載。中央公民館・図書室で読みましょうか。
19 ◎ 合併する大野の歴史6 ・・・・ 大野村へ避難 「2005・12・5」
1854年ぺりーが軍艦3隻を率いて箱館へ入港するという知らせに、18条からなる触書が町中に配布された。婦女の多くは大野村へ避難するという騒ぎが。しかし、上陸の結果は、何ら被害なし。(自治制施行・百年記念誌から)。
18 ◎ 教育現場に新風 ・・・・ 民間校長 「2005・12・4」
読売新聞の「顔」から。銀行マンから石川県立高校長へ、昨年4月に転進した・東森正則さんのことが載った。生徒による模擬株式会社「金商ライフサポート」を設立。中心となって活動する生徒は30〜40人。株主には生徒と教職員354人が。パソコン講習や名刺製作などで売り上げをのばし、税金も払っている。法人登記していないこと意外は、普通の会社と変わらないという。ユニークなのは、地元金沢の商工会議所に入会したことです。さまざまな経営者や社会人と生徒が接することは、効果が期待されそうですね。
17 ◎ 昼休みは会合な〜〜し ・・・・ よって正午開始 「2005・12・4」
11月30日、全国町村長大会がNHKホールで開催された。この種の大会は、開始時間が「正午」が定番なんです。私の想像では、国会議員は会議の連続で超多忙、そこで会議のない昼食時に注目。結果今回も、小泉首相・河野衆議院議長・竹中総務大臣ほか大勢の国会議員がかけつけてくれた。
16 ◎ 集団登下校 ・・・・ 地域の監視 「2005・12・3」
広島市の下校中の小学校一年生を殺害した犯人が捕まった。テレビで地元の人が、「近頃、地域の連帯感が薄れてきたと感じていた矢先の事件。地域一体となっての安全対策を考えなければならない」と、防止策を話していた。我が母校市渡小学校は、数年前までは集団登校だった。しかし集団登校には異議を唱える人もいる。理由は、「交通事故が発生した場合、被害が大きくなる」「登校通路が、個人によっては遠回りとなる」など。地域が目を光らせることが無理な地域は、集団登下校も考えなければならないと思う。
15 ◎ 離婚して前向きに生きる ・・・・ 北海道の気風? 「2005・12・3」
ニコニコ離婚講座主宰の円よりこさん(国会議員)の話。「離婚はどんな夫婦にもありうることなんです。ただ、いざ離婚となると周囲の目が気になってなかなか踏み切れないケースが多いんですよね。ところが北海道には伝統や封建的なものにこだわらない気風がある。その分離婚に踏み切りやすいと考えられますね。北海道の方は夫婦関係が悪くなった時に、離婚して前向きに生きようとする方が多いと考えたほうがよい」。
14 ◎ 2年間苦悩の末 ・・・・ 国民栄誉賞ランナー・高橋尚子復活 「2005・12・2」
11月2日・東京国際マラソンで、右脚3ケ所に軽い筋膜炎をかかえて出場のQちゃんが優勝した。その勝利インタビュー 「人の温かさや力を貸してもらったという意味で、すごくうれしさを感じられた2年間でした。1度は陸上を止めようと思ったときも、夢を持つことで一日一日充実して過ごせました。陸上に関係なく、今、暗闇の中にいる人や悩んでいる人も、どうか夢を持って一日を過ごして下さい。一日だけの目標でも、何でも目標を持つことで、一日が充実すると思います。小学生や中学生はもちろん、30代そして、中高年の皆さんにも、24時間は平等に与えられたチャンスの時間です。二度と来ない、この一日の時間を精一杯充実した時間にして下さい。
13 ◎ 「もらう」から「買う」 ・・・・ 手帳 「2005・12・2」
北海道町村会から町村長手帳が恵送されてきた。「手帳」、私は大の苦手。理由は、慌て者ですぐ失くするんです。ですから、大事なことを書いたら大変なんです。従って手帳は持たずで過ごしている。最近この「手帳」、「もらう」から「買う」の時代になったようですね。特に女性に愛用者が増えているという。
12 ◎ 若者に間違った指導 ・・・・ 目的を伝えず・手段しか伝えず 「2005・12・1」
中谷彰宏の「師匠とよばれる上司の法則」から。{若手社員は、そつがないと管理職は言います。言ったことは着実にこなすけれども、言われたことしかやらない。自分たちの時代は、言われないことまでやったとボヤきます。なぜ言ったことしかできないのでしょうか?。偏差値教育の副作用でしょうか?。若手社員が、言ったことしかできないのは、旧管理職が、目的を伝えず手段しか伝えていないからなのです。} 私も反省・反省です。
11 ◎ 離婚 ・・・・ 生活保護 「2005・12・1」
北海道は離婚率が高いですね。沖縄県についで北海道は第二位。結婚後5年以内が一番高い数値。この頃は、20年以上の方が増えているというから、わが身もあぶない?のかも。離婚した人が、北海道はなぜ離婚が多いのかについて語っています。「離婚したのは26歳。離婚には抵抗ありませんでした。両親も無理に結婚生活を続けろとは言いませんでした。本州と違い、親や親せきがあまりうるさくないのも一員ではないでしょうか」。この頃、生活保護の認定について甘いのでは、ということが全国的な問題となっている。国と市町村が一体となって、提起されているこの問題に真剣に取り組まなければならない。
10 ◎ 町医者復活期待 ・・・・ 安心 自宅療養 「2005・11・30」
在宅療養が適当とされた患者でも、家族が入院継続を求める「社会的入院」。来年10月から70歳以上の患者に、食費と居住費の負担を求めることになりそうです。今後、65歳までの患者まで広がりそう。心配なのは、年金の少ない層です。「入院費用が気になって、治療の終わらないうちに退院」という事態も想定される。こうなると、昔でいう町医者の復活を期待したいねえ。自宅療養が安心してできる環境をつくるために。
9 ◎ 合併する大野の歴史5 ・・・・ 開田が賑わい呼ぶ 「2005・11・30」
1805年に、箱館奉行が140町歩の開墾をした。本郷・文月でも民間人が59町歩を墾田。多くの農民が集まり、同時に箱館奉行の役人など人の出入りが盛んになり、宿場町の体裁がてきてきた。現在の大野小学校付近の5000坪の敷地に、会所や本陣、人馬継立所もありました。(自治制施行・百年記念誌から)。
8 ◎ 仏滅の日 ・・・・ 午後からは最高の日となる 「2005・11・29」
11月26日・土曜日、ふたつの結婚祝賀会の案内をいただきました。でも、その日は「仏滅」だったんです。今は嫌わず挙行というのが増えつつありますね。ある統計によれば、大安挙式より仏滅挙式の方が離婚が少ないとも。インターネツトに挙式した方の投稿が。「両親が仏滅の日に結婚。その日しか都合がつかなかったからだという。」「おじいちゃんが言いました。悪いと言われる日に、目出度いことが起きるのだから、仏滅でない日には、もっと二人にはいいことがあるよ。」「この一言で、自分も仏滅の日に決めました。」 です。
7 ◎ 合併する大野の歴史4 ・・・・ 移住にはパスポート 「2005・11・29」
1669年〜1798年(前松前藩時代)は、特別の場合以外は他地方への移動を認めなかったという。箱館の沖の口番所で検査があり、パスポート(旅行免状)が必要だったという。本籍地名主の送り状兼身元証明書、キリシタンでないという寺請証、さらに身元引受人や徴収金など条件が厳しかったことから、移住を歓迎しなかったということが記されている。(自治制施行・百年記念誌から)。
6 ◎ 合併する大野の歴史3 ・・・・ 最上徳内の「東蝦夷地道中記」 「2005・11・28」
「寛政3年、最上徳内一行がえぞ地と千島を探検して書いた「東蝦夷地道中記」から。「千代田と長瀞の間にながれている川(大野川)には橋がなく、水の多いときは徒渡り(かちわたり)が困難」「寛政以前の大野は、箱館名主の支配地」「年貢高からみて、農業は副業程度」「現在の仁山駅までは和人地、向こうはえぞ地」「意冨比神社は、大日社と呼ばれていた」)(自治制施行・百年記念誌から)。
5 ◎ 親はこの言葉に弱い ・・・・ 我が家の方針がないから 「2005・11・28」
「子どもはね、いつも言うのです。これは、みんなが持っていると。それでは、いったい、誰が持っているのかと聞きただすと、答えられない。ところが、親は、この言葉に弱いのです。みんなが持っているのに、自分の子供だけが持っていない、それはかわいそうだからと、子供のねだるものを買ってしまう。一番良くないケースです。大事なことは、我が家の方針を持つことです。他人のことはいい、我が家の方針はこうだから、だめなものはだめと言える。それが、子供達の精神を作るのです」。そんな話を聞かせてくれたのは、北海道家庭学校の校長である小田島好信先生。(上甲晃さんのデイリーメツセージから)。
4 ◎ 合併する大野の歴史2 ・・・・ 絵図に登場 「2005・11・27」
津軽藩は寛文年間(1661〜1672年)に、えぞ地図を作成。その中に、漢字で「大野」と地名が載っている。また享保16年(1672年)の「津軽一統志」には、シヨヤマ村(現在の上磯町・セメント工場付近)から一里半で大野があり、戸数は20軒ばかり、途中は野山道(現在の文月道路)と記されている。1986年頃は、戸数150戸・人口660人。1841年頃は、戸数276戸・人口1326人。(自治制施行・百年記念誌から)。
3 ◎ 注意・ゴミの出し方に ・・・・ 泥棒対策 「2005・11・27」
「泥棒が、どの家に忍び込むかを選ぶ時に、何を目安としているかわかりますか。決して、家屋敷の大きさではありません。泥棒は、それぞれの家のゴミの出し方を見ているのです。ゴミの出し方がだらしない家は、一番狙われやすい。泥棒の目からしても、そういう家の人は、周りの動きに無頓着であり、戸締りもルーズだと見抜けるのです」。これは元警察庁の幹部の話。この頃ドロボー被害が増えています。お互い気をつけましょう。
2 ◎ 罰金45万円なり ・・・・ プラス停職3カ月 「2005・11・26」
福島県の小学校の男性教諭のことが新聞に。今年の2月に、自家用車の車検と自賠責保険が切れたが、乗用車をそのまま使用し続けた。ところが18日、停車中の車に追突事故を起こし発覚したというもの。罰金45万円、停職3カ月。先生たる人が・・・・・・考えられないことだなあ。
1 ◎ 合併する大野の歴史1 ・・・・ 記録にあらわれた最初 「2005・11・26」
1669年に日高でシャクシャインの乱が起きました。静内地方のアイヌの酋長シャクシャインと、平取地方の酋長オニビシの衝突に端を発した戦いは道内に次々と広まり、幕府の命を受けた津軽藩兵が、松前藩の阻止にあって長い間大野に滞留したことが、「新撰北海道史」に記載されている。これが北海道史へ、大野の名が出てくる最初といわれています。(自治制施行・百年記念誌から)
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